信州友愛ロータリークラブ 例会
2026年2月4日開会 (通算199回)

例会開催は、毎週水曜日0時より開催となっております。

開会点鐘・歌の斉唱

会長挨拶

【会長挨拶】


                                                                                                 笠原芳子
誰もが長く生きていれば、数々の病に冒されることが多くなります。そこで、怪我・事故を除き私自身の病歴を書き留めて改めて人生振り返りたくなりました。
最初は中学1年の3月。左胸にしこりを見つけ近所の外科で「乳腺線維症」腫瘍取り除き、大学病院の生検受けた所、4月に即入院となり日本で2人目の小児性乳がんと告知され乳房全摘手術になりました。(但し私には極秘でしたが、死を前提)教授の最終診察の時、誤診ではないかと最終判断が出て再検査。なんと、私の生検細胞とカルテが他の人と入れ替わっていた事が判明。即手術は中止、退院となりました。今の世なら大問題として大騒動
ですが、当時両親は「良かった良かった」と、医師達にお礼までしたのでした。

次は私が東京と新たな地元豊科での教室掛け持ちの31才の時。長い東京での生活と地元との関わりの中でストレスが重なり、大量の吐血をして「マロリーワイス症候群」で2回大学病院に緊急入院しました。病院初の最新式高額医療機器導入とのことで大勢の研修生たちのモルモットになったような処遇の中、大事に至らず退院でした。

その次は、私が33才の時。父が食道癌で手術入院して14時間の大手術後直ぐに危篤、MRSA(院内感染)に罹り24時間家族付き添いとなり、私は仕事しながら毎日と豊科と信大病院を寝泊まりして通い続けました。(当時車の免許無くJRとバスかタクシー乗り継ぎ)。その日々の中、8ヶ月目に突然胃の七顛八倒の激痛、検査の結果「胃前癌病変」で即手術。3分の2切除となりました。この時、入院中の父は5階、私は4階の病室でしたがMRSA感染忌避の為、手術の日も入院中も家族は一切面会謝絶、1人で過ごしました。大人の生徒さんが時々お見舞いに来てくれたのがとても嬉しい事でした。

この手術後に直ぐにダンピング症候群になり、回復が遅れての退院でしたが、その後腸閉塞になってしまい毎年2回ずつ入退院を繰り返しました(夏用・冬用の入院セット常備)手術の後遺症として、その後何年も腸閉塞、前期と後期のダンピング症候群、膀胱炎、尿管結石、重い貧血もあり毎日鉄剤点滴で近所の医院に通いました。救急車にはどの位お世話になったか…です。
でも、いつも元気そうなので誰も私の実態には気づかず、私も入院中は除き仕事に穴を開けた事なく、頑張れたのは音楽の存在とコンサートへの意欲です。

更に38才の時、突然右手の指が動かなくなり、鍵盤のドレミファソが弾けなくなりました。さあ大変!
命と同じくらい大切な指です。大学病院での診察は腱鞘炎とは違う珍しい腱の病気で、手術後指が動くかは保証できないが、治療しないとこのまま固まってしまい演奏は不可能との結論でした。リハビリで1年間週3回大学病院に通った結果ほぼ完治して、演奏復帰がかないました。ところが、今度は左手が同じ症状になり再びリハビリ通院の日々となりました。
ドクターは、「何故このような症状になるのか究明したい」と、私のコンサートに来てくださり、その原因は肩から首にあると言われました。大変熱心な医師でその後スポーツ医学界の権威者となられました。
この後も次々病気はあったのですが、

最後の腸閉塞入院は4年前の正月1/3~。入院中に当クラブの理事会があり私は病室のベッドから参加しました(ZOOMでのおかげです。)理事の皆さんの言葉が何と嬉しかったことか。

この入院を最後に今のところ無事過ごしていますが、気の強さだけでは乗り越えられない加齢、という課題があります。音楽活動を追求する楽しさとそこからのつながり、数多く関わっている女性関連の複数団体活動、若い世代を支援するコミュニティ、若い世代が中心になって生きづらさや生きがいを探すグループ等、多岐にわたっての様々な人たちからの刺激は私にとって、大きなエネルギーです。
そして、何と言ってもロータリー活動は私にとって楽しい学びの場。新たな発見の場。スキルとブラッシュアップの場。他クラブ、地区、国際、会員皆さんとのつながりが励みになります。

会員皆さんの健康安泰を心より願い、今後も一緒に進みましょう。


以上

メークアップ&ニコニコボックス

下記の皆様よりニコニコボックスを頂きました。

信州友愛RC 金児進君
「2月になりました。昨年の今頃は信大病院で苦しさのあまり、のたうち回っていたことを思い出します。ようやく余命1年宣告から1年が経過しましたが、体調は充分でないものの何とか生きております。皆さんも健康にはくれぐれもお気をつけください」

卓話

青少年アワーを通じて

信州友愛RC 武石 仁美会員
青少年アワーを通じて
昨年11月の地区大会で青少年アワーの裏方としてお手伝いさせて頂いてからしばらく
経ってしまいましたが、青少年アワーに出演して下さっていた皆さんがとても輝いて
パワーにあふれていたのが印象的で、昔の私自身の経験を思い出したので、卓話の題
材にさせて頂きました。

青少年アワーでは特に帰国された交換留学生の生き生きとした姿に感動しました。留
学中は決して楽しいことばかりではなかったと思いますが、一つ一つ乗り越えて一回
りも二回りも大きく成長して帰国されたのだと思います。また、異文化に触れること
で今までの価値観が変わったり、日本の良さや足りないことなど改めて感じるのでは
ないかと思いました。
そんな留学生の姿を見ていて、昔のことを思い出していました。
私は昔4年間イギリスに住んでいましたが、イギリスから帰国してから5年ほど経った
大学生の時、1週間というとても短い期間でしたが、スペインにホームステイしたこと
があります。きっかけは、成人式の振り袖を着るのではなく、何かほかのことに使っ
てほしいという両親からの提案でした。

大学受験の頃から語学に興味があり、将来は様々な国の方と関わることができる仕事
に就けたらと漠然と思っていました。進学したのは経済学部でしたが、大学ではイギ
リスの頃から学んできたスペイン語を引き続き勉強しており、やはり語学には興味が
あったので、スペインに行くことにしました。アルハンブラ宮殿で有名なアンダルシ
ア地方で1週間ホームステイと語学の学校、そしてフラメンコを教えてくれるというプ
ログラムで行ってきました。到着早々自分の荷物がロストバゲージで届かないという
ハプニングに見舞われ、そしてほとんどスペイン語も話せない状況で、どうなるかと
思うようなスタートでした。しかし、ホストファミリーをはじめ、周りの方がとても
親切にして下さり、楽しい1週間を過ごしたのを覚えています。午前中は語学学校へ
通いスペイン語の勉強をし、午後はフラメンコの先生でもあるホストマザーからフラ
メンコを教わり、夜にはバルに連れて行ってもらいました。本場のフラメンコのショ
ーにも連れて行っていただき、なぜかそこで舞台に招かれ一緒に踊らせて頂いたこと
もいい思い出です。

私の場合は1週間という短い期間でしたが、そんな短い期間でも普段経験できないよう
なことがぎゅっと詰まった1週間で、本当に貴重でいい経験だったと思えるので、ロ
ータリーの交換留学生の制度は本当に素敵だなと改めて感じました。